次の日、小野は自分のカメラを持ち込み、先輩社員である岡崎の作業を撮影し始めた。
「こんなことを映すだけで、本当に技術の凄さが伝わるのか?」
「確かに、誰にでも分かるように・・・っていうのは無理かも知れません。でもウチの場合、見て欲しい人がはっきりしているので、ターゲットに向けたメッセージや演出をいろいろ考えているんです。台本があるので岡崎さんも協力してくださいよ。」
「そりゃあいいけど、YouTubeにアップするだけで見てもらえるのか?」
小野の目が、またキラリと光った。
「いえ、TwitterとかFacebookとか、ソーシャルメディアも使って、見てもらえる方法をいろいろ考えているんですよ!」
(続く)
成功する技術語りとは
改めて言うまでもなく、日本の技術や品質の高さは世界に認められています。例えば、テレビやスマートフォンなどの端末機器では衰退基調にある日本の電子産業も、電子材料や部品といった分野になるとまだまだ他国の追随を許さない、独自の技術があると言われています。
電子産業だけでなく様々な製造業において、自社の技術をグローバルにアピールし、新たなビジネスチャンスを開拓したいと考えている企業は多いはずです。グローバルサイトは、そうしたアピールの場として活用されるべきでしょう。
今回は、グローバルサイトで技術を表現する時の必要条件や課題をご紹介します。
まず、私がPerfect!と思える技術語りがこちらです。
事例:Siemens
HI-TECH IN 60 SECONDS
Underwater Wind with Dr. Peter Fraenkel
このたった60秒の動画には人に技術を伝えるために必要な要素がすべて入っています。
- 技術の原理が分かりやすく説明されている
- 実験もしくはそれに近いことを行い、リアリティが増幅されている
- 他の技術や従来品と比較し、明確な違いを提示している
私はこれまで「潮力発電」という技術の存在や原理ぐらいまでは知っていましたが、この動画により、初めてこの技術の価値に気づかされました。「知っている」ことと「価値が分かる」のはまったく別次元の話で、大きな違いがあります。
恐らくすべての技術について言えることですが、技術はより魅力的に、分かりやすく伝えるコミュニケーションによって、その本当の価値が引き出されるのだと考えます。
技術語りの地域差
SiemensのようなBtoB企業と違い、BtoC企業にとって技術そのものの魅力を消費者に伝えることは簡単ではありません。製品にもよりますが、消費者に対して難しい物理や化学の授業のようなコンテンツを提供しても、興味を持ってもらうのは難しいかも知れません。
時には子どもでも直感的に分かり、納得できるような表現が必要になります。やはり、ここでも映像は有効な手段ですが、その前提として技術ブランドが確立されていると、より大きな効果を上げることがあります。
自転車のパーツメーカーであるSHIMANOは、完成車メーカーではないのに、世界中の自転車ファンによく浸透している技術ブランドです。そのパーツはギア、ブレーキ、サドル、ホイールからウェアやシューズまで、多岐に渡っています。
その品質の素晴らしさは、SHIMANOのパーツを自分の自転車に組み込んでみると、素人にもはっきりと違いが分かると言われています。こうした技術ブランドは1980年代からロードやマウンテンバイクのレースでの実績や信頼性とともに培われてきました。技術ブランド、つまり技術の価値を体感している上で動画を見てもらえると、個々の技術への理解もスムーズになります。
しかしながら、SHIMANOの技術を訴求する動画は、米国と欧州でトーン&マナーがかなり違います。
例えばこちらの米国サイトでのブレーキの技術表現をご覧ください。
事例:SHIMANO/NORTH AMERICA
XTR – Ice Technology
この動画だけでなく、他の多くの動画でも高い耐久性や防水性などの高機能面の訴求や、ダイナミズムの表現が基調になっています。
逆に欧州ではスタイリッシュでインテリジェンスが感じられる動画が多くなる傾向にあります。
事例:SHIMANO/EUROPE
DYNA・SYS
このように技術語りをする際には、地域文化やクリエイティブの違い(何が消費者の心を動かすか)も考える必要があります。分かりやすく、時計のクリエイティブで例えると以下のようになります。
- 日本:全体像が見える正面から撮影した均一なビジュアル
- 米国:防水性を訴求する水しぶきや、時計が水中にある機能ビジュアル
- 欧州:スーツの男が身につけているスタイリッシュなビジュアル
最後になりますが、日本企業の技術語りには未開拓の部分があることをご紹介します。
日本の技術の強みは工程間でのすり合せであったり、俗に「品質のつくり込み」と言われるこだわりなど、なかなか表現しにくい部分が多いのが現実です。長い間、そうした部分の表現にチャレンジしているグローバルサイトの事例を探していますが、残念ながら成功していると思えるコンテンツと出会ったことがありません。
また、日本語サイトではよくある「開発ストーリー」的なコンテンツもグローバルサイトではほとんど見かけません。グローバル市場であまり受け容れられないという前提か、先入観があるのかも知れません。
日本の技術の特長は、日本人の気質や美意識、そして伝統から生み出されたものです。技術は、魅力的に分かりやすく伝えることで本当の価値が引き出されるなら、これを誇りのコミュニケーションでもっと伝えるべきではないでしょうか。
そうした技術語りで価値が引き出される可能性が、グローバルサイトにはまだまだたくさん残されているように感じられてなりません。
次回予告:人材採用もグローバルに